63.2月8日(土) 澪の欲望

澪が“着せたい服”

「うん。でも残念ながら私は欠落したとこあります。あなたみたいに完璧ではありません。生きてはいけるけどね。生活はできる。でも全然完璧ではありません。欲望もあります。…で、雅臣さんは私に背中が開いた黒のドレス着せたいんでしょ?髪アップにして。私が雅臣さんに着せたいもの聞く?」

九条は、わずかに目を細めた。

口角が、かすかに持ち上がる。

「……言ってみろ。」

その声音は低く、穏やかで──でも、どこかで火種を孕んでいる。

挑まれるのを、待っていたような。

あるいは、それすらも“想定内”だとする支配者の顔。

澪にしてみれば、こんなやり取りすら、もう“計算の外”なんかじゃない。

彼は見透かしてくる。

けれど、それを分かったうえで、澪も言葉を返す。

「……燕尾服?っていうの?ガチの執事が着てる服。執事喫茶より更に上を行くガチ寄りのガチの執事服。その為なら金を惜しまないレベルで本気です。服着るだけじゃだめだよ?ちゃんと、私が帰ってきたら『お帰りなさいませ、お嬢様』って言ってください。私をニヤニヤさせてください。欲を言えば24時間。私をご主人様にしてください」

「…」

九条は、わずかに息を吸った──いや、吸ったふりをしたのかもしれない。

「……お前、俺に喧嘩売ってるな。」

「違うよ。欲望だって言ったでしょ。」

九条は、しばらく何も言わなかった。

目を伏せるでもなく、見つめるでもなく、

ただその場に“存在している”という圧で、澪の言葉を受け止めていた。

やがて。

「……24時間?」

低い声が、静かに落ちる。

その一語に、呆れでも怒りでもない、**“理解してやっている男の余裕”**があった。

「お前が、何を欲しがってるかは分かった。

ただし──」

そこから先は、いつものように、一切の笑いなしで淡々と告げられる。

「“命令を与える”関係を望むなら、それに相応しい“振る舞い”をする覚悟をしろ」

静かに、ゆっくりと。

「お帰りなさいませ、お嬢様」と言われながら「姿勢を正して帰宅しろ」と言われるような──

そんな“本物の執事”という名の、“本物の主従”の世界を、彼は本気で持ち出してきそうで。

それが、冗談で終わらないことを、澪は知っている。

**“私をご主人様にしてください”**と言ったその瞬間から、

九条雅臣の中で、“支配構造の再編”が始まってしまったのだ。

──にやけたいのは、澪のほうだったはずなのに。

今、どっちが支配されてるのか、分からなくなってきた。

「なんで執事なのにそんな高圧的なの!?おかしくない!?うやうやしーくお辞儀してお出迎えしてくれるんじゃないの!?これじゃ口うるさい説教執事じゃん。私、勉強教わるお嬢様みたいじゃん」

九条は澪のむくれた顔をじっと見つめたまま、わずかに口角を上げた。

ほんの少し、皮肉めいた微笑。

「お前が“本気”だと言ったんだろう?」

それだけで、彼はすべてを正当化する。

彼の“本気”は、遊びのスケールを簡単に超える。

「うやうやしい態度が欲しいなら、どこかの“雇われ執事”を雇え。俺がやる以上は、“ふさわしい訓練”をやる」

「……それじゃあ私、結局お嬢様じゃなくて、躾けられる小娘じゃん」

「区別してほしいなら、自分から線を引け。

お嬢様でいたいなら、“お嬢様である振る舞い”を徹底しろ。」

まるで何かのゲームが始まってしまったような空気。

でもそれは、遊びと呼ぶにはあまりにもリアルで、本物すぎる緊張感を孕んでいる。

──澪の欲望が、またひとつ、“契約”に変わった。

そしてその契約は、

**“24時間の支配”**という名の、逃げ場のない檻だった。

本気の始まり

「…で、執事服着てくれるの?まずはお嬢様の教育が先ですか?」

九条は少しの間、黙ったまま澪を見下ろす。

その視線には笑みも戸惑いもない。あるのは、ただ「確認している」という目

やがて、言った。

「服は着る。約束は守る。」

ただし、と言葉を続ける前に、彼は澪の前に一歩踏み出した。

「だが、お前が“お嬢様”を名乗る以上――まずは、その振る舞いに責任を持て。」

低く、静かな声。

遊びの延長ではない、本気の“始まり”を告げる声

「“お帰りなさいませ”が欲しいなら、“迎えられるに相応しい者”になれ。

 その日が来たら24時間、お前を“お嬢様”として扱う。

 だから、お前も24時間、逃げずに振る舞え。」

言葉は命令ではない。だが、拒否を許さない空気をまとっている。

九条にとってこれは“服を着る遊び”じゃない。

支配と従属の関係を、契約として成立させるという儀式に近い。

そのうえで彼は、少しだけ声を落とす。

「選べ。

“甘やかされる側”でいるか、“試される側”でいるか。」

澪の目の前に置かれたのは、ただのコスプレじゃない。

その衣装の向こうに広がる、24時間の“世界”そのものだった。

「…え。本物のお嬢様なんてどんなのか知らない…何したらいいの…?」

九条は、少しだけ眉を動かす。

呆れたようにも見えるし、面白がっているようにも見える、あの独特な無表情の奥の表情

「知らないなら、学べばいい。

 お前は、そうやってここまで来た女だ。」

淡々とした声の中に、わずかに――ほんのわずかに、信頼に近い何かが滲んでいる。

「まず、“命令しろ”。

 どんなに小さなことでもいい。水が飲みたい、眠い、退屈、足が痛い――

 お前の欲望を、言葉にして俺に伝えろ。」

彼はそう言って、ゆっくりとしゃがむ。

視線の高さを澪に合わせ、まるでしつけを始める執事のような動きで、静かに微笑むことなく言う。

「“してほしいことを言葉にする”――

 それが、“扱われる側”の最低条件だ。」

そして最後に、低く囁く。

「俺は、お前の“言葉”を聞いて動く。

 それを忘れるな、“お嬢様”」

澪がこのゲームを望んだのなら、

九条雅臣はそれを“本物”として成立させる覚悟で応じている。

まるで、それが彼なりの“誠実”であるかのように。

「うわ…いざ聞くと言いづらいな…お腹すいたとか喉乾いたは言えるけど…。てか、そもそもガチの執事服なんてどこで買えるの?雅臣さん知ってる?氷川さんに聞こうかな…いくらするの?貯金から出さないと足りないよね、レンタルは嫌?だよね…やっぱり」

九条は、澪のその“ひとりごとのような混乱”を黙って聞いていたが、

しばらくしてから、低く静かな声で応える。

「――買う必要はない。俺が用意する。」

即答だった。しかも、当然のように。

「サイズも、仕立ても、素材も妥協しない。

 “本物”が欲しいんだろう?」

一歩、近付く。

そして少しだけ顔を寄せるようにして、耳元で囁く。

「“俺に着てほしい”と言った瞬間から、

 それはお前の命令になったんだ。」

ほんの少し、口元だけが笑った気がした。

だが声のトーンは変わらず冷静で、あくまで執事のような態度。

金のことは考えるな。お嬢様は、欲望だけを口にすればいい」

彼のその言葉には、

**“対等な関係の上での支配”**が、静かに染み込んでいる。

お嬢様の命令を叶えるのは執事の務め。

だがそれは、命令を引き出すための主導権を、彼が持っているということ。

そして彼は、それを楽しんでいる。

澪の“甘え”を、甘えとして許さず、“命令”に昇華させることで、ふたりだけの主従の形を丁寧に築こうとしている。

「え、でも選びたいもん…。デザインあるでしょ?」

九条は少しだけ眉を上げ、澪の“こだわり”に目を細める。

そして静かに、肯定する。

「……わかった。選ばせてやる。だが――」

その声が、すっと低くなる。

俺が却下することもある

 見た目だけで選ぶなら、趣味としては許す。

 だが、“お前の執事”として俺が着る以上、

 品格と機能は絶対に譲らない。」

一瞬の沈黙のあと、ゆっくりと告げる。

「お前が『それを着てほしい』と思えるもの。

 俺が『それを着るに値する』と認めるもの。

 ――その両方を満たすものだけが、本物になる。」

そして、ふっと口元を緩める。

「氷川には聞かなくていい。俺が“用意する過程”ごと楽しませてやる」

その言い方は、どこか挑発的でありながら、

澪の“欲望”を嬉々として受け止めているようでもある。

命令してみろ。選べ。叶えてやるから。

そんな、支配と甘やかしの狭間にあるような、

九条雅臣らしい“主従遊戯”が、静かに始まっている。

澪、目が爛々としてくる。

まるで、子供の時に何でも好きなものを買ってあげるって言われた時みたいな。

自分の服を買ってもらうより遥かに嬉しいかもしれない。

あとで背中があいたドレス着せられるという修行があることはとりあえず今は忘れた。

「じゃあ、雅臣さんが選んだものの中で選択肢出してよ。さすがに1つしか候補が無いってことはない…よね?」

九条は澪の表情を見て、まるで小さな子供のように輝いた目に、

ほんのわずか、口角を上げた。

「選択肢はほぼ無限にある。だが選ぶものはほぼ一つになるかもな」

「まさかオーダーメイド…?」

 澪は、ふと口をついて出た言葉を、後から少しだけ後悔した。

「……ネットで頼んで輸入?でよくない?

 時間もお金も節約できるし……」

 ほんの軽口だった。本気じゃない。本気だけど、本気じゃない──そんな曖昧な“冗談”のつもりだったのに。

 九条は、その言葉に一瞬だけ沈黙した。

 視線を向けることすらなく、ただ空気が凍るような静けさの中、彼はゆっくりと言葉を落とす。

「……お前は、“その程度”の覚悟で命令したのか?」

 その一言に、澪の背中がぞわりと粟立つ。

「えっ、いや、そういうわけじゃなくて! え、もしかして……

 ほんとにイギリスまで買いに行く気だった……?」

 九条は静かに頷いた。淡々と、事務的に、それが当然であるかのように。

「当然だ。ロンドン・サヴィル・ロウに、本物を仕立てさせる。

 それが“執事服”の意味だろう。」

澪は数秒絶句した。この男は冗談でそんなことは言わないことを知っているから。

「サヴィル・ロウって……あれでしょ? 世界中の紳士がスーツ作るとこでしょ……?」

 澪は引きつった笑顔を浮かべながら、ゆっくりと現実を理解していく。

「え、やだやだやだ……なんか大事になってきた……!

 私の欲望、いま国際線乗った……!!」

 彼女の声は、もはや震えに近かった。けれど、九条は容赦なく続きを告げるだろう。

「氷川に専用サロンを予約させる。フィッティングも仮縫いも、現地対応可能だ。」

 ──“お嬢様の命令だから、仕方なく”。

 その建前が、どれほど強力な現実を伴うかを、澪はまだ知らない。

 無言のまま、九条が立ち上がる。

「着替え、適当に持って行け。氷川に車を出させる。ジェットも用意させる。……五分で支度しろ」

 その言葉はあまりにも淡々としていて、まるで“昼食を取るか”くらいの温度だった。

 澪は、思わず素で叫ぶ。

「ちょっと横暴すぎない!? 本気で、今からイギリス行くの!? 執事服作りに!?」

 九条は、一切の揺らぎもなく言葉を返す。

「……冗談で言うと思うのか?」

 その声音に一拍の間。

 続けざまに、低く静かに、そして絶対的に告げられる。

「口を動かす時間があるなら、手を動かせ。

 下に降りるぞ。もう氷川に連絡した」

 その言葉で、すべてが決定事項であると、知らされる。

 エレベーターを降りて地下駐車場に出た瞬間、温度がひとつ下がる。

 日差しは強いはずなのに、地下に差し込む光はどこか現実から隔絶されたもののようだった。

 そこには、エンジンを静かに回す黒塗りの車が待っていた。

 運転席にいるのは、当然のように氷川。

「現在12時43分です。ルートは最短で調整済み。

 澪さんのご自宅に向かい、パスポート回収後、羽田へ直行します」

 彼の声はいつも通り落ち着いていて、

 この異常な状況すら“予定業務”のように処理していた。

パスポートを取りに行く

 澪は助手席のドアに手をかけながら、まだ抵抗しきれない心のままに問う。

「……ほんとに、行くんだね。今からロンドン……」

 

 後部座席で、九条が静かに答える。

「そうだ。“お前が命令した”からな」

 いつも通りのトーン、でも、その言葉の意味だけがやたらと重たかった。

 

 車はすぐに動き出し、地下駐車場を抜けて明るい地上へと滑り出る。

 昼の東京は、週末のわりに静かだった。

 その穏やかさが、逆に異常に感じるほどに、車内の空気は緊張していた。

 車はすぐに動き出し、地下駐車場を抜けて明るい地上へと滑り出る。

 昼の東京は、週末のわりに静かだった。

 その穏やかさが、逆に異常に感じるほどに、車内の空気は緊張していた。

 

 澪は窓の外に視線を向けながら、小さく息をつく。

「……午前中に買い物行ってて……着替えとメイクは済んでるんだけど……

 まさか、それがロンドン行きの準備になるとは思わなかったよ……」

 九条は答えない。ただ、静かに目を閉じた。

 澪の自宅前、車は一瞬もアイドリングを止めることなく停まった。

 九条の視線が、隣の澪に鋭く向けられる。

「パスポートだけ取ってこい。……一秒も無駄にするな」

 低い声で、淡々と。まるで軍の指令のようだった。

 

「支配者すぎるでしょ!!」

 思わず叫んで、澪はドアを蹴るように開けた。

 走り出すスニーカーの音が、静かな住宅街に響く。

 

 バッグも開けず、エレベーターも待たず、階段を一気に駆け上がる。

 自分の部屋に飛び込むと、すぐに引き出しへ――

「よしっ……あった!」

 パスポートを手に取る。その赤い表紙が、今はやけに重たい。

 

 玄関を出る時、鏡の前で一瞬だけ自分を見る。

 休日を過ごすラフな服装。軽く整えた程度のメイク。

「……この格好で、イギリス……?」

 でも、ためらっている時間はなかった。

 

 再び階段を駆け下りる。踊り場で息を飲みながら、心の中で叫ぶ。

(なんで私、急にロンドン行きのスケジュールに追われてるの!?海外ってこんな急に行くもんだっけ…!?)

 

 車のドアが開き、氷川が手を伸ばす。

 その手にパスポートを預け、息を整えることもなく車内へ乗り込む。

 

 九条は視線を外に向けたまま、ただ一言だけ。

「よくやった。次は空港だ」

「怖っ……!」

 息を切らしながら後部座席に沈み込む澪の肩が、わずかに震えていた。

 運転席から、再び氷川の低い声が届く。

「月曜日の練習は帰国が恐らく間に合わないので、中止にされますか?

 蓮見と、時雨選手にも連絡いたします」

 

「中止で構わない。彼らには“必要な判断”と伝えておけ」

 九条の答えに、氷川は即座に「承知しました」と応じる。

 

 その横で澪は、小さな声でヒソヒソとつぶやいた。

「……そんな、執事服仕立てるために練習中止って……

 しかも時雨選手まで巻き込むことなくない……?」

 

 思わず言葉に出たその感想に、九条が一瞬だけ視線を横に送った。

 が、何も言わず、また前を向く。

 

 静かに回るエンジン音と、羽田へ向かう道が続いていく。

 “支配者”の決断は、もはや誰にも止められない。

#スケジュール調整 / チーム九条
氷川 1:02 PM
月曜日は九条が日本にいないため、練習は中止になります。
戻りは早くても火曜日になる見込みです。
蓮見 1:04 PM
……今度はどこにいんの?
氷川 1:05 PM
イギリスです。
念のため、藤代と空港で待ち合わせて合流予定です。
蓮見 1:06 PM
……なんで急にイギリス。
うちの王子はどんだけやることめちゃくちゃなんだよ……
氷川 1:07 PM
本人は「必要な判断」とのことです。
※Slackは通常入力モード。チームメンバーは端末から手入力。

 ――このチームでは、“突飛”は日常であり、“非現実”が現実になる。

 それを支える側も、もう驚かない。

 

時雨選手
お疲れ様です。
月曜日は九条が日本にいないため、練習に参加できません。
申し訳ございませんが、火曜日には帰国いたします。

了解。
……てか、日本にいないってなんで?

恐れ入りますが、詳細は控えさせていただきます。

黒塗りの車が滑るように羽田空港の専用ゲート前に停まった。

 一般のターミナルとは完全に隔離されたその一角には、騒がしさも観光客もない。

 ガラス張りの建物と、警備スタッフの静かな応対。

 ここは“選ばれた人間”だけが通る空路――プライベートジェット専用の出国動線だった。

 

 氷川が静かに運転席から降り、後部ドアを開ける。

「澪様、こちらです」

 

 澪は口を結んだまま、無言で外へ出た。

 まだ現実感が追いついていない。

 数時間前まで、ただの週末の午後だったのに――

 今、自分は“執事服を仕立てるためにイギリスへ向かおうとしている”。

 

 制服姿のスタッフが小さく頭を下げ、

「どうぞ、ご案内いたします」と笑顔で出迎える。

 この状況で笑顔を向けられるのも不思議だが、

 すべては事前に手配されていたのだ。

 

 九条雅臣が動けば、世界は――こうして動いてしまう。

 

 何の説明もないまま、淡々と現実だけが前に進んでいく。

 澪は小さく息を吐き、隣を歩く九条にぽつりと呟いた。

「……ほんとに、行くんだね。

 誰にも何も説明してないのに、世界だけちゃんと準備できてるの、なんなの……」

 

 九条は横を向かず、ただ一言。

「“命令”したのはお前だ」

 その静かな声に、澪は目をそらした。

「ここまでやれとは言ってないし…」

 どこかで――嬉しくて、怖い。

 “支配者”が本気になった時、その先にあるのは、もう冗談では済まない現実だ。

初めてのプライベートジェット

 搭乗ゲートを通過すると、静かに扉が閉まった。

 滑らかな大理石調の床と、無機質なガラス張りの廊下。

 空港とは思えない静寂の中を進むと、その先に――白銀に光る機体が現れる。

 

 Gulfstream G800。

 世界屈指の航続性能を誇る、最速・最上級クラスのプライベートジェット。

 その機体には、どこか戦闘機のような冷ややかさと、美術品のような精緻さが同居していた。

 

 タラップをのぼり、機内へと足を踏み入れた瞬間――

 澪は言葉を失った。

 

 そこは、まるで高級ホテルのスイートだった。

 革張りのリクライニングソファが左右に並び、テーブルには白いクロスとグラスが静かに置かれている。

 ベージュとグレーで統一されたインテリアは、圧倒的な品と余裕をまとい、

 小型のベッドルームまで備えられていた。

 

「わあ……」

 小さく息を漏らす澪に、九条は機内の奥、定位置ともいえる席へ静かに腰を下ろす。

「好きに使え。数時間は動けない。

 食べるか、寝るか。……外でも眺めていろ」

 

 その口調は冷たいのに、なぜか“自由”が用意されている。

 そして何より――

 **「自分のひと言で、ここまでが動いた」**という現実が、静かに胸に刺さる。

 

 澪はソファに腰を下ろし、足元のふかふかしたカーペットを見つめた。

「……スーツ仕立てるだけなのに、

 私、なんで今こんなとこにいるんだろう……」

 

 九条は雑誌をめくりながら、低く呟いた。

「“その程度”としか思ってないなら、今すぐ降ろしてやる」

「いやいやいや、降りるわけないでしょ!?

 てかもう離陸するじゃん!」

 

 その瞬間、機体が静かに動き出した。

 滑走路の先――彼女の命令が向かう先には、ロンドン・サヴィル・ロウ。

 本物の“執事服”が待っている。

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URB製作室

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